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「杉原千畝 スギハラチウネ」リトアニアにてワールドプレミア上映実施
唐沢寿明&小雪が旧日本領事館を訪問

2015年10月22日

この度10月13日(火)に、かつて千畝が赴任していたリトアニアのカウナス(当時の臨時首都)にて、「杉原千畝 スギハラチウネ」のワールドプレミア上映を行いました。


千畝を演じた主演・唐沢寿明さんとその妻・幸子(ゆきこ)を演じた小雪さん、そしてチェリン・グラック監督はあわせて現地入り。3名は上映に先駆け、現在「杉原記念館」となっている旧日本領事館を訪れ、かつて千畝がヴィザの発給を行っていた執務室を見学しました。
本編は、ほぼ全てのシーンを隣国ポーランドで撮影しているため、初めてリトアニアを訪れた唐沢さんは「撮影のセットのほうが広くてそれらしかったけれど、やっぱり(千畝が)ここにいたんだな... と改めて感動しました。杉原さんをより一層身近に感じることができました。来たかいがあります。」と、小雪さんは「やっとここにくることができたという思いです」とそれぞれコメントしました。


その他にも、領事館閉鎖後に千畝が滞在し、カウナスを発つ直前までヴィザに代わる渡航証明書を発給し続けたホテル メトロポリスや、カウナス駅などを訪れ、当時の様子に思いを馳せていました。ホテル メトロポリスとカウナス駅には今年の9月4日(千畝が75年前カウナスを発ったとされる日付)に千畝の功績を讃えたプレートが設置されたばかり。また9月24日には、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の国内委員会が2017年の登録を目指す記憶遺産候補として杉原千畝関連資料を選定しました。さらに10月14日には、外務省を辞めた後の千畝が日本の貿易会社代表として赴任していたロシアのモスクワにあるウクライナ・ホテルにも記念プレートが設置されるなど、現在国の内外において千畝の功績を見つめなおす気運が高まっています。


3名が千畝縁の場所を巡った後、映画「杉原千畝 スギハラチウネ」のプレミア上映を行ったのは、千畝がリトアニアに赴任した年(1939年)に完成した映画館ロムヴァ。千畝がリトアニアを去った後、ソ連に、続いてドイツに、その後は再びソ連に併合され、1990年に独立して現在に至るまで、時代の変遷を見つめてきた歴史ある映画館での上映に、唐沢さん、小雪さんも感慨ひとしおの様子でした。上映会は現地カウナスのヴィータウタス・マグヌス大学によって主催され、MCを教授が、運営やマイクランナーなどを学生たちがつとめました。


450席の客席は地元の観客だけでなく、約80キロ離れた首都ヴィリニュスからも観客が訪れ満席となりました。通路まで人が埋まり、動員数は500名を超えました。さらに映画館の前には入りきれなかった観客が長蛇の列をつくり、最終的には200名もの観客を帰さなければならないほどの賑わいをみせました。客層も幅広く、現地の学生やユダヤ人協会の方々、なかには、千畝がカウナスに滞在していた当時を知るご高齢の方々も来場されていました。さらにはマントヴィダス・ベケシュイス外務副大臣、ラサ・ノレイキエネ経済副大臣、カウナス市副市長シモナス・カイリース氏、在リトアニア日本国大使館の特命全権大使である重枝豊英大使や山中慎一参事官をはじめとする多数のゲストにもお越しいただく運びとなりました。副市長は挨拶にて唐沢さん、小雪さんに「カウナス市名誉観光大使」への就任を希望する証書と花束を贈呈し、監督にはグラフィックアート作品「自由の鐘」*注1 を贈りました。"カウナス市名誉観光大使"への要望を初めて聞いた唐沢さんは「もし本当に就任したら、また来ることができるので、それもいいなと思います。」とコメント。小雪さんは「光栄ですけれど、本当かな(笑)?」とコメント。さらに監督は「そうしたら、僕はカバン持ち兼通訳として来ますよ(笑)。」とそれぞれ驚きと喜びを語り合っていました。


上映後は本編が終わってもなお、涙を流し続ける人が散見され、5分間以上もスタンディングオベーションが続きました。鳴り止まない拍手は最終的に手拍子となっていき、会場が感動と熱気に包まれるなか、3名が再度登壇し、舞台挨拶を行いました。映画を観終わった観客の反応を見た唐沢さんは「皆さんがニコニコといい顔をしていて、この映画の、そして監督の世界観が受け入れられたということが伝わり、感動しました。」 小雪さんは「学生や若い世代の方も結構いらっしゃって驚きました。皆さんの目がきらきら輝いていて嬉しかったです。映画を観てもらって、今やっと映画が完結したように思います。」と、観客への感謝と感動をそれぞれ語りました。

【舞台挨拶コメント】

唐沢寿明さん(杉原千畝役)
こんなにたくさんの方々に来てもらって、本当に感動しております。今回杉原さんが滞在していた日本領事館、またカウナス駅のホームに立ち、ホテル メトロポリスを訪れ、より一層杉原さんを身近に感じることができました。この地でこんなにたくさんの人に映画を観てもらうことができて、日本人として改めて杉原千畝さんを誇りに思います。杉原さんのことを忘れずにいてください。そして僕たちのこともなんとなく忘れないでください...(笑)。
リトアニアの方々が温かく迎えてくださって、僕らに対しても、日本に対しても温かい気持ちで向き合ってくださっているということが伝わってきました。僕達も同じような気持ちで世界と向き合っていきたいと思います。
小雪さん(幸子役)
この映画に出演することができて、そして縁のある土地に来ることができてとても感慨深いです。今日、元強制収容所などを巡らせてもらって、時代の背景も肌で感じることができてとてもご縁を感じています。
私はこの作品のお話をもらった時に、終戦70年を迎えるにあたって自分に与えられた役目なんじゃないか、と感じました。この映画で戦争を振り返り、世界中の人が差別や戦争を考えるきっかけになったらと思います。
チェリン・グラック監督
リトアニア・カウナスでプレミア上映ができるとは思っていませんでした。皆さんに伝えるべきこと、言うべきことはたくさんあるはずなのですが、僕としては初めて映画を観てもらうのがカウナスの皆さんだということがものすごく嬉しいです。
シモナス・カイリースさん(カウナス市副市長)
カウナスの歴史的な映画館で、「杉原千畝 スギハラチウネ」ワールドプレミアの機会をかりて、監督、キャスト陣、映画関係者の皆様に祝辞を述べられますことは、誠に光栄なことであります。心からの感謝を込め、チェリン・グラック監督には、リトアニアの「自由の追求」を表すグラフィックアート作品「自由の鐘」を贈呈させていただきます。
この作品は外交官・杉原千畝氏の、人々に自由を与える偉大な決意を伝えるものです。カウナス市並びにカウナス市長、そして全市民を代表し、カウナスそしてリトアニアの名を日本中に広めてくださったことに対し感謝を申し上げるとともに、あらゆる人々に尊敬される杉原千畝氏と、幸子夫人を演じられた俳優の唐沢寿明さん、そして小雪さんにはカウナス市名誉観光大使にご就任いただきたいと切望いたします。


続くティーチインではロケ地やキャスティングに関する質問、日本での杉原千畝の認知状況、さらには、もし今千畝のような立場に置かれたらどうするか、といった硬派な質問が活発に飛び交い、なかには「家に帰りたくないくらい、ずっと映画を観ていたいと思うほど素晴らしい作品でした。私は3世代続くカウナス市民です。杉原さんのご英断がここカウナスで行われたことに誇りを感じます。」といった感想を述べる人もおり、映画が作品の舞台であるリトアニア・カウナスに受け入れられたことを感じる温かいプレミア上映会となりました。


また、翌日には首都ヴィリニュスの大学ホールでも上映会を実施。監督が舞台挨拶を行い、そちらは300名を超える動員がありました。

*注1:リトアニアで最も有名なアーティスト(Mr. Egidijus Rudinskas)の手によるもの。「自由の鐘」はリトアニア独立のシンボルとして、1920年にアメリカからの移民者により贈呈された。1922年、当時の首都がおかれていたカウナスに到着し、現在ヴィータウタス大公戦争博物館のタワーに掛けられている。鐘には「リトアニアの子供のために永遠に鐘を鳴らし続ける。自由のために戦わないものは、この鐘はふさわしくない」という文言が刻まれている。この言葉によってこの鐘は「自由の象徴」として知られ、杉原千畝のように自由のために戦った人に捧げられている。

【囲み取材コメント】

唐沢さん:
リトアニアに来て、多くの人が杉原さんのことを知っていることに驚き、ありがたく思いました。日本よりも(千畝さんのことが)知られていると思います。こちらでは中学校の教科書で杉原さんのことを勉強すると聞きました。日本でも特に若い世代にもっと彼のことを知ってほしいです。この映画は誰か一人だけにフォーカスした作品ではありません。だからこそ時代背景がすごくよく分かると思います。
今回縁の地を回って、実際に杉原さんがここにいたのだ、という実感がしみじみわき、来てよかったと思いました。撮影する前に来ていたら逆に考え過ぎてしまったかもしれないので、撮影中は余計なことを考えないで、(撮影が)終わってから来たからこそ素直に見ることができたのだと思います。
この映画を観て、この人はこういう時代を生きて、多くの犠牲を払ってまでたくさんの人を救ったのだ、ということを分かってもらえれば嬉しいです。彼がやったことは素晴らしいし、どうやっても真似できないと思います。ただの正義感だけではできないことで、特別な人だからこそ映画になっているんです。


小雪さん:
今回リトアニアを回って、歴史的にも、地理的にもいろいろな国からの迫害や影響を受けた国だということを肌で感じました。自分たちのルーツがどこで、どういう風に今が成り立っているのかという問題意識が高いですね。日本の方々もこの作品を通して自分たちの生き方に興味をもち、問題提起をしてみるきっかけになったらと思いました。
撮影の1年後に足跡をたどったりすることは、なかなかできないことなので貴重な体験でした。作品にもすごく親近感がわきました。これから日本での公開まで映画を紹介していくにあたり、自分が実際目で見てきたことで説得力も生まれるので、来ることができてよかったなと思います。
もし自分が杉原さんのような立場だったらどうするか、周りの意見や世間を欺いてまで自分が正しいと思う道を選択できるか、ということは常に自分に問うています。現代を生きる私達とシチュエーションは違えど、好きなこと、正しいと思うこと、いいなと思うことをちゃんと発言し、意思をもって、自分で自分のことが納得できる人の多い世の中になったらと、この作品を通して感じました。


チェリン・グラック監督:
杉原さんのことはアメリカでもユダヤ人の人達にはよく知られています。彼が日本人だから知ってもらいたい、という以上に、人間として、彼の功績を知らないということは残念だと思います。
僕はロケハンでリトアニアを訪れているので今回が2回目でした。でもロケハンの時には、撮影に関して技術的なことしか頭になかったので、撮影が終わって1年経ってもう一度来ることができて、今度は違う視点で見ることができました。とても感謝しています。
この映画のテーマは難しくはありません。自分が正しいと思って決断したら、行動で示すしかない。 たとえ人生の半分を捨てるということになっても、「ナニジン」じゃなく人間として、杉原さんのように決断し行動できる人が増えたらと願います。


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